2010年02月16日

【仕事観・キャリア論】「24」から垣間見るアメリカにおける職責の厳格性について

現在、テレビの深夜放送で人気海外ドラマ「24」の最新シーズンを放映している。私は自宅のハードディスクプレーヤーに録画の取りだめをしている状態であり、まだ観ていないのだが、時間ができればいずれまとめて鑑賞する予定である。

http://www.fujitv.co.jp/24/index.html

私はこのドラマの毎シーズンをほぼ観ているのだが、印象に残っていることがある。それは、CTU(主人公の所属組織)における職責が非常に厳格に運用されているということだ。つまり、ポジションごとの職務内容と権限が明確に定められているのだ。あくまで地位に仕事が付属しており、人に仕事が付属しているのではない(もっとも規則を無視しがちの破天荒主人公は例外ではあるが)。

例えば、主人公の友人でもある人物が、事件に巻き込まれる形でオフィスに来たシーンでは、たとえ当人が元CTU指揮官という経歴の持ち主であっても、すでに過去の人物として一般人に毛が生えたような扱いなのだが、ひとたび上層部よりピンチを切り抜けるために臨時指揮官として任命されると、たちまち全権が付与される。周囲の人物も内心はともかく以後は当人の命令に従う。また、国務省から女性キャリアがCTUを接収するために指揮官として乗り込んでくるシーンでは、現在の指揮官は当人に必要な権限を速やかに明け渡し、自分はオブザーバーとしてさっさと引っ込んでしまう(後にこの二人はいい仲になるのだが)。

このあたりの変わりようの徹底ぶりがあまりにも鮮やかで、私は非常に強い印象を受けた。まあ、あくまで架空のドラマという留保付きなのだが、日本の組織ではなかなかこうはいかないのでないだろうか。日本ではその人個人とその職位に関する権限はやや曖昧な事が多いように思える。何かの本でも読んだことがあるのが、アメリカでは入社時に当人の職務内容が労働契約書の中で細かく定められており、原則としてそれ以外の仕事を行うことは禁止されているという。また、職務内容以外の仕事を頼んだ場合、「それは契約によって決められた私の仕事ではない」とはっきりNOと言うこともあるらしい。このあたりはいかにも契約・ルール・秩序等が重視される社会(=契約社会)という印象を受ける。一方、日本ではそのような話はあまり聞いたことがないのだが。

このように海外ドラマからも日米の組織風土の相違点が垣間見えて非常に興味深い。

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ラベル:海外ドラマ
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