2017年07月23日

【歴史】Sabosanの戦国漫遊記(岩国編)その1/毛利元就の孫が開いた城下町

先日山口県の岩国市に出かける用事があり、ついでに観光名所でもある錦帯橋と岩国城に立ち寄ったので、その時の様子を。



まず、岩国といえば、その代名詞は錦帯橋だ。これは、日本三名橋の一つにあげられる五連の木造橋で、200メートルほどの長さを誇る。もともとのオリジナルは1673年に岩国藩の三代藩主によって建築されたが、昭和の台風によって一度流失している。その後、伝統技法を取り入れる形で再建された。

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錦帯橋を渡って、そのまま進むとロープウェー乗り場がある。それに乗って地横山の山頂に登ると、岩国城がそびえ立っている。岩国城は、天下分け目の「関が原の戦い」の後に出雲から岩国に転封された毛利家の家臣である吉川広家(毛利元就の次男である吉川元春の息子)が1608年に山頂に築いた山城である。しかし、その7年後に江戸幕府による「一国一城令」により破却の運命を辿ることに。現在のお城は昭和30年代に再建されたもので、眺望を考慮して場所も少し海側に移動している。



天守閣頂上からは錦帯橋などの岩国市内だけではなく、はるか瀬戸内海まで見渡すことができる。日本百名城の一つに数えられているだけのことはあり、絶景を楽しみたいならば、一度訪れてみて損はないと思う。

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さて、この後、ロープウェーで降りて、吉川家に関する歴史資料が展示された吉川資料館に足を運んだ。そこで驚くべき遺物を目のあたりにしたのだが、この続きは次回に。

錦帯橋かいわい―架け替えとともに錦帯橋かいわい―架け替えとともに

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posted by Sabosan at 12:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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