2017年07月26日

【歴史】Sabosanの戦国漫遊記(岩国編)その2/岩国城のふもとにある吉川史料館で貴重な歴史史料が公開中

前回の続きを。

戦国史に明るい人ならば、戦国武将の吉川元春についてご存知だろう。中国の土豪から中国地方の覇者まで登り詰めた名将 毛利元就の次男で、吉川家の養子となった人物である。毛利元就と三人の息子の逸話である「三本の矢」でも有名だ。



「関が原の戦い」では、元春の三男である広家は、主家である毛利家が徳川家の味方をするように誘導したが、徳川家康の「毛利家の領土をそのまま保証する」という約束を反故にされてしまう。その結果、毛利家は120万石から30万石(現在の山口県)まで領地を縮小されてしまう。吉川家もそれまでの出雲12万石から岩国3万国に減封される羽目となる。そうして、吉川家の血筋は明治維新まで続くことになる・・・。岩国市にある吉川史料館には、この吉川家に伝わる膨大な歴史資料・工芸品など約7000点が収蔵されている。



この史料館では、年4回の展示替えを行っており、私が訪れた時期には、ちょうどタイミング良く「吉川広家の関ケ原合戦展」を開催していた。おかげで、「関が原の戦い」の舞台裏が示された貴重な史料を目の当たりにすることができた。例えば、吉川広家が戦いの前夜に徳川家康や黒田官兵衛・長政とやりとりした手紙や豊臣秀吉から拝領した短刀、千利休から送られた茶道具など・・・。特に関が原前後における書状のやりとりは、残されていること自体が驚くべきもので、歴史マニアにはたまらないアイテムだろう。(ちなみに、館内の写真撮影はOKとの事)

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なお、この時期は展示はされていなかったが、毛利家の宿敵である尼子家の忠臣 山中鹿之助を討った際に本人が所有していた兜を吉川元春が大事に保管しており、こちらも展示史料のうちの一つだという。これも歴史的には大変貴重な代物だ。山中鹿之助といえば、「我に七難八苦を与えよ」で有名な武将。



正直なところ、この史料館にはそれほど期待していなかったが、これほどの遺物を目の当たりにできるとは予想外で、大変貴重な経験をさせてもらった。

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posted by Sabosan at 05:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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